2001. 1.12
残念ながら、本校の子どもたちには、自分からあいさつができる子が少ない。こちらからしても、返すことができない子どもも少なからずいる。あいさつは人が生きていく上で、基本的なことであり、大切なことであると思うのだが・・・。 「挨拶」の「挨」にも「拶」にも、「心を開いて、相手に迫る」という意味があるという。「私はこういう人間です。何事にも誠意を尽くしていきたいと思うので、どうぞよろしくお願いいたします。」と、自分の気持ちを伝える最初の合図が挨拶なのではないだろうか? よく、自分のクラスの子には、上のようなことを話す。そして、「みんなが学校に来る途中でしたり学校に来てからしたりする挨拶には、それぞれにこういう意味があるんだよ。」と話したりすることもある。 ○交通指導に立って下さっている方にする挨拶…「朝早くから僕たちの安全のためにありがとうございます。今日も学校で一生懸命勉強してきます。」 ○学校の先生方にする挨拶…「今日も一生懸命勉強や運動をしますので、いろいろと教えて下さい。」 ○その返事としての先生からの挨拶…「そうか。そんな風にやる気のある君には、先生も一生懸命教えるからね。互いに頑張ろうね。よろしくね。」 ○友達同士の挨拶…「今日も一緒に仲良く勉強などを頑張ろうね。」 ○来校なさったお客様に会ったときにする挨拶…「僕たちのために、いつもありがとうございます。僕たちは一生懸命やっていますので、ご安心下さい。これからもよろしくお願いします。」 古くさいように思われるかもしれないが、大人である私たちは、後輩である子どもたちにはそういったことを教え伝えていくことが大切なのではないかと思う。それが、大人の務めなのではないだろうか。こういった基本的なことがなおざりにされてきているところに、最近の日本社会全般に起きてきているさまざまな問題の大きな原因の一つがあるのではないかとも思う。 まだまだではあるが、4月当初に比べると、クラスの子どもたちは挨拶ができるようになってきている。このような雰囲気が拡がって、全校の子どもたちが、「いつも」、「だれに対しても」、「自分から」、「さわやかな」挨拶をすることができるようになるといいなあと切に思う。 それには、私たち教師が折に触れ、子どもたちに挨拶の意味や大切さなどを伝えていくとともに、私たち教師自身が模範となるべき姿を見せていくことが大切なのだと思う。 常に心を開いた、さわやかな子どもを育てていきたい。 |